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大西京扇堂
天保年間創業。以来、京都三条にお店を構える扇子屋さん。
男性用、女性用、舞扇、お茶扇、飾り扇などあらゆる扇子を企画、製造、販売。
オリジナルの扇子「洛風扇」は半世紀近く受け継がれる代表作。
<お話をうかがった方;大西庄兵衛さん>
今回は、第3回でお世話になった松永さんのご友人でもある
京都の老舗の扇子屋さん、大西京扇堂さんへうかがった。
扇子。確かに自分用に一本、そして、義理の父母のお誕生日プレ
ゼントに贈ったこともあるが、改めて振り返ると日常生活での登
場機会はあまり多くない。
最近は、江戸のお遊び「投扇興」(扇子を開いた状態で蝶と
いう的に向けて投じ、扇と落ちた蝶の形で得点を競うもの)の
会に参加したりはしているのだが・・・・・・。
改めて大西京扇堂さんのホームページを拝見すると、そこには
なんとも雅で艶やかな世界が広がっている。
そして、思いもよらないデザインの数々。
奥様が綴られるブログでさりげなく紹介される扇子には、モダン
でハッとさせられるものもちりばめられていて大変興味深かった。
なにやら、扇子の奥には、小物やアクセサリーに通じる奥深い
世界が広がっていそうだ。
そんな世界を覗いてみたい気持ちと、お気に入りの1本との出会い
に胸を躍らせて、お盆休み返上の忙しさというお店へお邪魔した。
●木簡に始まった悠久の歴史
「扇は保存が難しく、専門書もほとんどありません。
だから、歴史はほとんどが口承です。
最近は教育機関からのセミナーの依頼も増えています。」
扇の原点は奈良時代の木簡にあるという。
東寺の仏像の腕の中から出てきた断片が最古のものだとか。
紙が貴重だった時代に、文字を書き記録をとどめるメモ帳の役割を
していたらしく、当時は宮中に参内する男性、僧侶、神職など、
身分の高い男性だけが使うことを許されていたという。
やがて紙製の扇へ変わっていくが、一般庶民が使えるようになる
のは室町時代以降。
武士が能役者にご褒美で与えたり、利休によってお茶の世界を通じて
様々な身分の人たちへと広まっていった。
そして、時代は江戸へ。
この頃になると、「扇売り」が現れ、骨と紙と予めデザインした
絵をいくつか持ち歩き、街角で即席扇を作って販売するように。
その様子は当時の浮世絵などから知ることができる。
大西さんはとうとうと語られ、まさに歴史の授業を彷彿とさせる。
1200年も前から、人とくらしに密着してきた壮大な歴史。
うかがっているだけで、様々な時代の生活の様子が目に浮かんで
きてちょっとロマンチックでもある。
扇は、保存が効かない紙や木からできている性質上、こういった
ことの殆どが世代を経て、口伝されている。
今、大西さんも、京都にある伝統大学校や各種セミナーで
扇産業に携わる人から、京都の伝統や扇に興味を持つ若者に至る
まで、広くその歴史と魅力を語ることに努めているそうだ。
●時代を映し出すデザイン
「今は風俗画っぽいものが流行っています。
最近は、男性が自分用に買うことも増えましたね。」
もともと、大西京扇堂は色々な扇の種類がある中でも京都の
お寺さん筋の扇屋さんだった。
妙心寺や知恩院といった名だたるお寺の本山の御用達の扇子を
今もコンスタントに作り続けている。
実はそうしたお寺さんの扇子には流儀があるので、そうそう
冒険はできない。
ただ、お店の場所柄観光客も多く立ち寄る中、大西京扇堂では
他所(よそ)にはないデザイン、現代的な扇子の発信にも努めて
いる。
お店のファサード(取材当時は夏バージョン)には、ト音記号や
猫をデザインしたもの、中には骸骨がたばこをふかしている少々
奇抜で遊び心のある意匠が目にとまった。

最近のデザイン傾向をお伺いすると、
「ここ数年メッセージ性の強い扇子が人気」
とのこと。
面白いことに、ファッションと同じで、最近は明るめの主張色や
鳥獣戯画に代表される風俗画がウケているそうだ(以前は、扇子
といえばもっぱら淡い色の花鳥風月がお決まりだった)。
また、扇子は夏物が相場と思いきや、冬のクリスマスツリーの
図柄なんていうものも人気だとか。
また、男性が自分用に買っていくものとして、ここ数年、「文字
もの」の動きが良いとも。
「もうかりまっか」「初心に返る(+蛙の挿絵)」のようなもの。
話のネタとしてアリなのかもしれない。
「保険屋さんの粗品で満足せず、男性も女性も、扇子で自分を
主張したい意識が芽生えてきているよう」と大西さんは捉える。
と同時に、京都に暮らす大西さんの目からは、まだまだ
東京で扇子をふだん使いする人は少ないとのご指摘も。
華やかでモダンなデザインの数々は、見れば見るほどファッショ
ンや小物としての面白さを感じる。
雑誌などで扇子特集を組めば、女性にも男性にも新鮮に映るのでは
ないだろうか?

オーソドックスな花鳥風月デザインの「絹扇」
●純国産、京都育ちの京扇子を継承していく
「一番の京都らしさは、色や配色の妙です。
風土の中で育ってきたDNAを受け継ぐもので、
中国産では出せないものですね。」
「京扇子らしらとはなにですか?」
との問いかけに、大西さんは、自信を持ってそう答える。
ところで、私たちが扇子を買おうと思うとまずどこへ行くか?
誰もが思いつくのが、デパートのハンカチ売り場だろう。
でも、悲しいかな、ハンカチとセット売りになったいかにも
プレゼント用という扇子たちは、今やほぼ100%中国産なのだそうだ。
また、世に出回る扇子の中には、親骨だけは国産で他の中骨は中
国産といった扇子が増えているとのこと。
そこで、大西さんたち京都に残る10件ほどの扇専門店をはじめと
する京都扇子団扇商工協同組合では、昨年、「京扇子」「京うちわ」
の認定制度とそのロゴマークをつくった。

もともと京扇子は、丹波の竹を使って素材、生産、加工、絵付け
までオール京都で行われていたが、原材料の竹の生産不足や職人の
後継者問題などでそれが不可能となった。
現在は、扇子用の竹を生産する業者さんは島根県に1件残すのみ。
その竹が、これもまたわずかに残る滋賀県にある扇骨業者団体へ渡り、
最後の仕上げを京都で行うスタイルが多い。
なので、京扇子マークの定義としては、扇面・扇骨・仕上加工いず
れも上記のような国内生産であること、となる。
オール国産の扇子は、中国産などと比べて、骨一本一本の側面の
カーブや手に持った時のなじみが全く違うとのこと。
「京扇子」のようなマークが、その意味と一緒にもっと広まれば、
つい値段だけで判断してしまう私たちが扇子を選ぶとき、間違いなく
最後のひと押しになるだろう。

半世紀に渡って受け継がれる大西京扇堂オリジナルの「洛風扇」。
真っ白ではない地色に、水色とコントラストの強い赤や緑がとてもモダン。
「京名所」シリーズは、三条大橋や大文字などが描かれており、親骨に京マークのデザインがさりげなく入っている。
●風と香りを嗜好する
「扇骨が多いほど風がやわらかくなりますね。
また、最近は香りが好きで扇子を使うという声も
よく聞きます」
ふだん使いの扇の骨は35本がスタンダード。ただ、高級な紳士物
などは60本というものもある。
そして、骨の数の違いは、風の柔らかさになって感じられるという。
また、私も改めて今回扇子を使ってみて実感したが、人いきれで
むんむんする中、扇子で煽ぐ香りに包まれると、結構救われた
気持ちになれるものだ。

男性用60本の扇骨。図は鳥獣戯画。

扇専用の香り。一度つけると3か月くらいは持続する。
●扇屋は扇づくりのプロデューサー
「扇屋は扇づくりのプロデューサーであるべきだと
思います。だから、骨のこと、紙のこと、絵のこと、、、、、、
旅先でも、使えるものはないかといつも考えていますよ。」
扇骨を竹から布や植物繊維にしてみる。扇の紙を麻にしてみる。
実際に、前者はフィリピンのバナナの繊維、後者は小千谷(おじや)
織り(重要無形文化財の技術保存の指定を受けている「小千谷縮」
)の扇子などがあるそうだ。
そして、各工程をプロの職人で分業して作る扇だが、全体を統括
デザインするのは扇屋であるべきだというのが大西さんの持論だ。
今、世の中に似たようなデザインの扇が溢れているが、本来、
扇にはもっと扇屋毎のクセや、主人の好みが反映されるべきだと
いう。
そんな大西さんだから、旅先では、何か扇の素材によいものはないか?
と、ついキョロキョロしてしまうとか。
今、パピルスの紙(カヤツリグサ科の多年生植物をパピルス草ともいい、
地上茎の繊維をシート状に成形することで、紙状の筆記媒体となる)
などにも目を向けている。

大西さんの作業場。お店ではワークショップなども行う
●伝統産業が直面するの問題
「扇づくりは後継者不足がとても深刻。
最低1年でもいいから職人が扇づくりに専念できる
環境が必要です」
今、ジャパンクールブームを追い風に、国はいくつかの伝統
産業や日本ブランドを指定して海外輸出に力を入れている。
ただ、大西さん曰く、こうした表層的な手当は産業の構造的な問題
の解決にはつながらないと。
どの産業にも通じることだが、マーケットがピラピッド形であると
するならば、マスボリューム帯(扇子でいえば3000円代位)の需要
があってこそ少量の高級品(扇子だと3万円〜5万円代)が成り立つ。
だが、今、そのボリュームゾーンが安い中国産に席巻されている。
大西さんは、
「量産品あってこそ、技術集積が可能」という。
ロット10本の高級品需要だけでは技術が修練できないと。
国産の扇の需要を支えるべく、なんとか職人育成にフォーカスした
国レベルの支援の必要性を説いている。
●言葉を紡ぎ、絆となる扇子
「震災後は、京都市内の小学生がメッセージを書いた
扇子やうちわを、東北の小中学校へ3000本寄贈しました」
とにかく、今年の夏は例年になく忙しかった大西京扇堂。
東日本大震災後の節電の折、自然の涼を求める人が増えたのことは
言うまでもない。
それにもまして、今回、とても良いお話だと思ったのが、
扇がメッセージを伝えるという、遥か1000年以上も前の本来の
姿で震災後の人と人とを結びつけたという話だ。
もともと大西さんは、その歴史から、
「扇は本来、字のためのもの。絵はあくまでも控えめな存在」
と指摘する。
メールや電子書籍によって益々文字がデジタル化して味気なく
なると感じるのは私だけでなないだろう。
ことばを大切にした扇というのはどこか現代的だと言えはしない
だろうか。
扇子イコール煽ぐ道具としか思っていなかったが、実は、観る、
触れる、嗅ぐ、伝える・・・と、五感を呼び覚ますことに気づかされた
今回の取材だった。
「京マーク」の扇たちは、幅広い世代の人々が今のくらしのアクセ
ントとして取り入れられる、そして現代生活や日本そのものを見つめ
なおすきっかけとなる奥深さと多面性を秘めている。
- [2011/09/21 17:29]
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File 3.
松永料理教室
京料理のプロの技と京のおばんざい料理を伝えるお料理教室
下鴨にある自宅に併設する教室で、和食を中心とした月一回の
レギュラーコースと、年数回の一日教室などを行う
http://www.eonet.ne.jp/~matsunaga-ryori/index.html
<お話を伺った方 松永料理教室主宰 松永佳子さん>
私たちが食事をするとき、ごはんと一緒にいただく「おかず」。
私の実家の食卓を思い返してみると、きゅうりの酢のもの、カボチャ
や高野豆腐の炊いたん、夏になると湯びきした鱧、お正月には黒豆など、、、、、、
いわゆる京風のおかずが多く登場していた。
時代は移り変わり、いつの頃からか、おかずは「お惣菜」「デリ」と
その名を変えて、和洋のボーダーラインも薄れてしまった。
そして、いつもでどこでもいとも簡単に多種多様な「出来合い」を買う
ことができるようになった。
そんな中、巷では京都の食として「おばんざい」が人気だ。
「おばんざい」には、家庭的で素朴でやさしい響きがある。
一方、「京のおばんざい」というと、どこかお上品で、他のおかずとは
一線を画するイメージを持つのは私だけだろうか?
私にとって、京のおばんざいは、知っているようで知らない、近くて
遠い存在。
そこで、今回は、そんな京のおばんざいを中心に24年間お料理教室を
されている先生を訪ねてみることに。
生粋の京女でもある先生が、由緒ある下鴨を拠点として伝承される
「おばんざい」とは、はたしてどのようなものだろうか?
●おかず作りの担い手を助けたい
「生徒さんは『おかず作りの担い手さん』。
男女問わず、おいしいものを食べたい、
食べさせてあげたいと思っている人たちです」
松永さんがお料理教室を始めた原点には、小学生の頃から家族の
料理を作る担い手だった自身の経験がある。
ご実家がお饅頭屋さんだったこともあり、忙しい母親に代わって率先し
て台所に立つ毎日。10余人の食事を担当していたこともあるという。
そんな中、おいしいと言ってくれる家族へもっとおいしいお料理を食
べさせたい、という純粋な気持ちが毎日の料理作りの原動力だった。
取材中、何度も「おかずを毎日作るのは、どの年代にとっても本当に
重労働ですからね」と繰り返されたあたりに、いち担い手としての
松永さんの失敗や苦労がうかがえる。
教室で教えるにあたっては、「材料も、器具も、時間も、一般家庭で
手に入るものを活かして、なるべく簡単にできる方法を編み出してい
る」とのこと。
今、教室には、主婦だけでなく、リタイアした男性やご夫婦連れの生徒
さんも習いに来られ、当初に比べると男性の生徒さんが増えたという。
また、24年続ける中で、親子3代に渡って習いに来る人もいるそうだ。
働く女性が増えた今、益々毎日のおかず作りが大変になる中で、年齢や
性別を問わず、家庭のおかず作りの担い手を助けたい、そしておいしい
おかずを一つでも多く食卓に届けてほしい、松永さんはそんな思いを募
らせている。
因みに、取材当日、京都らしい一品として作っていただいた「栗抹茶
きんとん(抹茶味のきんとん)」。
さつまいもと砂糖、抹茶、栗(甘露煮になっているものでOK)があれ
ば簡単にできるのだが、松永さんは、ふだんから多めに作ったら冷凍
することをお薦めする。
年末28日くらいから作って冷凍しておけば、大晦日にお重に詰めるだけ
でおせち料理の一品にもなるすぐれもの。
おかず作りの担い手をラクさせる視点が頼もしい。
【栗抹茶きんとん】

お抹茶を使うことで京らしさがぐっと増す。
甘すぎずさっぱりしたきんとんはいくつでも食べられそう!

お饅頭の要領で手の平や指の関節部分を使って先すぼまりのお上品な形に仕上げていく
●教えるのは技術と知識
「教えているのは技術と知識。
私は『魔法の杖』を一振りする魔法使いの
役目なのです」
「 『おいしいものを作りたい。食べさせたい』という心さえあれば、その人
は既に8割方はお料理が上手な人」と、広い心で生徒さんを受けとめる
松永さん。
自分は、残り2割の部分を、調理師専門学校で学んだ「技術」や「知識」
で満たしていくのが役目だと考える。
実は、最近出版された本の題名を「魔法使いの杖」にしたかったのだ
と告白された。
「えいっ」と杖をひと振りしていくごとに、料理が一段おいしくなっ
たり時間が短縮できたり・・・
そんな魔法が使えるのは、まだ女性の調理師が少なかった時代に、
きちんと学校に通われて京料理の基礎、プロの技を習得された先生だ
からこそ。

24年に渡り教室で教えてきたレシピから厳選した『京のおばんざい100選』平凡社コロナブックス刊。
おばんざいの背景にある京都の歳時記や、素材に関するワンポイントアドバイスを拾い読みするだけでも楽しくてためになる
●「基本」を丁寧に守る
「おいしく食べるには、
守るべきことは面倒がらずにやること。
基本を省くごとに、味はインスタントに
なっていきますからね」
先生が教える技術や知識は、おいしいおばんざい作りにおいて
省いてはいけない基本ばかり。
ところで、「おばんざい」という言い方。これは特に京都のおかずを
指すのではなく、全国各地で伝承される郷土のおかずはどれもおばん
ざいなのだそう(京都ではおかずのことを「おぞよ」「おまわり」と
言っていたとも)。
ただ、松永さんは「京都のおばんざい」というからには、日本にある
素材を使い、昔から京料理に伝わる素材や調理技法をきちんと踏襲
したものであるべきと考える。
そんな「京のおばんざいをおいしく作るための秘訣は?」との
問いかけに、「基本は絶対守らなくてはダメ!」と即答。
また、「教室では、アレンジは一切教えない」とも。
教室では、調理する素材(出来る限り京野菜を使う)をきちんと理解
し、京料理のプロが使う技や知恵を使って、また、どうして京都の人
たちがそういうおかずを作るのか、その背景となる風土や生活までも
をしっかり学ぶ。
実は、「素材」のことをきちんと知ることは、節約やレパートリー
の広がり、見栄えの良さにもつながる、急がば回れの知恵でもある。
例えば、調理師専門学校で必ず教える大根の「かつらむき」。
これを使った「けん」は、大根の繊維の方向に平行に打つか
垂直に打つかによって、そのやわらかさや、メニューの向き不向きも
変わってくる。
また、土ゴボウはせっせと包丁の背で皮をこそげるものだと
信じていたが、皮に近い部分が一番おいしいので土をしっかり洗い落
すだけで良いなど・・・・・・。
松永さんご自身もそうだったと言うが、料理における基本のキを
知ると「今まで私なにしてきたんやろ?」という人がとても多いとか。
でも、その目からウロコがあるからこそ、料理が一歩前進するし、
楽しくなっていくのだろう。
●暮らしや風土を思う
そして、京のおばんざいは風土や暮らしにも密接に関係する。
京都のお魚というと「若狭の一汐(いとしお)のグジ(甘鯛のこと)、
サバ」や夏の「ハモ」。
一汐(ひとしお)というのは、若狭から夜通しかけて京都の町へ魚を
運ぶ際の保存の知恵で、海から遠く離れたエリア特性と深く結びついて
いる。
また、京都新聞社がかつて発行していた「おかず新撰組」というカレン
ダーを見せてもらうと、そこには、京の商家に根づく「お決まりの料
理」なるものがある。
これは、月の何日には何を食べるというもので、例えば、朔日(つい
たち)という新しい月を迎える感謝の献立は、小豆飯に紅白なます、
にしんこぶ。
これは、「今月もしぶうこぶう(渋く慎ましく)暮らしましょう」
という戒めと同時に自ずとバランスが取れる食事。
また、月末は、「おからを炊く」。これは、始末を重んじる商家の
やりくりから生まれており、おからハンバーグや色々な余り野菜と
一緒に炒るごちそうおからなど、忙しい月末に手っ取り早く栄養と
ボリュームをまかなう知恵でもある。
食と言うと、旬ばかりが語られるが、こういった合理性や生活を
引き締めるおばんざいの役割はとても新鮮に感じた。
私たちは、ふだん、しょっちゅう「えーもう4月〜?!早いね・・・」
なんていう会話をする。
慌ただしく、一日一日を軽く流しがちな現代生活。
暮らしに根付くおばんざいやおかずは、そんな私たちにほんの少し
スローな気分を届けてくれるのだ。

かつて京都新聞社が発行していた「おかず新撰組」というカレンダー(年代物)。
理に適ったおかずのマメ知識がちりばめられている。
●「お上品さ」が身上
京のおばんざいらしさというと、結局のところ
『お上品さ』が欠けてはダメということでしょうね」
今回の取材で作っていただくお料理に関して、事前にいただいた資料
からわたしが直観的に選んだものは、いずれも、丸くてちいさくて
かわいい!と思ったもの。
松永さんは、京のおばんざいには、「お上品さ」が欠けてはならない
と言う。
そのお上品さとは、「小ぶりなサイズ」「盛りつけの間」「色取り」
などで、「一見控えで、実はこれ見よがし」な京都人気質に通じる
とも。
例えば、ここにあるのは当日作っていただいた「手まり寿司」。
これは、当然、おにぎりのように大きくしてはいけない。丸める時は
あくまでも小ぶりに、そして出来上がりが同じ大きさになるように、
分厚めのネタであるエビ用には、予めご飯を気持ち小さめに丸めておく
という気配りが必要。
もちろん、お造りや薄焼卵は、あくまでも薄く、うす〜くが信条で、
鯛のお造りからは木の芽がうっすら透けて見えるというチラ見せ精神も
忘れない。
【手まり寿司】

左は、正当な京都の手まり寿司お上品な中にも華やかさがある
右は、普段アレンジはしないとおっしゃる松永さんに、私が今回無理を言って作っていただいた、
現代版のアレンジ手まり寿司。いくら、ハム、明太子、ゆばなどを使ったもの
また、お話を伺う中で面白いと思ったのが、お料理が上手かどうか
を見分けるポイントについて。
松永さん曰く、その見極めは「スパッ」としているかどうかだとのこと。
実際、いろいろなお料理写真を見せていただくと、この「スパッ」とは、
食材の切り口はもとより、お重の中の位置取りや、一品一品の高さの統
一性など、全体が「スッキリ」した印象なんだな〜ということが素人目
にもわかる。
これからお料理をいただく際にちょっと意識してみたいポイントだ(あ
くまでも自分のことは棚に上げて・・・・・・)。
●誰かを思って作る
「お料理って伝わるんです。
家族でも、隣のおじさんでもいいから、
食べさせてあげたい!喜ばせたい!と思うことが
大事ですね」
基本をきちんと丁寧に、お上品さが身上で、、、、、、と話を進めてく
ると、ちょっと堅苦しいムードになるが、松永さんがおかず作りで最も
大切なことは、「お料理を作って誰かを喜ばせたい」という気持ちだと
言う。
その対象は自分自身でも、家族でも、隣のおじさんでもいいのだと。
松永さんが長年教室を主宰されて、今、とても残念に思うのが40代
女性たちの教室離れだ。
この世代は子どもの教育費がかかったり、あるいは子どもが手を離れ
はじめるとお料理以外の習い事を始めたり、、、と様々なライフステ
ージ要因が働く年代。
と当時に、あと何年かすると徐々に「作ってあげる相手がいなくなる」
年代でもある。
実際に、教室に通い始めた生徒さんから多く挙がるのは、
「家でお料理を作っていたらお料理屋さんの匂いがするって言われた」
「お料理屋さんの味がするって言われた」
という喜びの声だそうだ。
お料理は習い事の中でも家族に還元できるものの中の一つ。作る人、
おいしいと言ってくれる人がいなくなってからでは遅いから、どうか、
作り甲斐のある作りどきに、存分にお料理してくださいというのが松永
さんの切なる願いだ。
●「かわいらしい食卓」は現代の癒し
「心を和ましたり、心が華やいだり、、、、、、
食卓にかわいらしいおかずがのっていると
それだけで生活が楽しく明るくなりますよね」
心をこめて作った食事はどんな技量の人がどう作ってもかわいらしいと
いう先生の言葉には救われる。
小さい頃、「今日のおかずなに?」と毎日楽しみにしたあのワクワク感
は誰にも覚えがあるだろう。
誰かが嫌なことがあって落ち込んでいたら、とにかく好物を作ってあげる。
何かうれしいことがあって人が集まれば、自然と食卓を囲む。
時代や国を超えて、食卓にはえも言われぬパワーがある。
2010年の惣菜市場は8兆5千億円規模(矢野経済研究所2009年時点予測)
で、デパ地下をはじめとするお総菜売り場は不況下でも活況を呈して
いる。
お料理づくり重労働説を説く松永さんは、忙しい時、疲れた時などに、
こうした出来合いのおかずを利用することを否定はしない。しかし、
私が主婦に話を聞いていると、たとえ外でお惣菜を買ってきたとして
も、家でひと手間加えたいという人が実に多い。
ほんの少し色どりや風味づけのためにおしゃれなデリの力を借りること
だってあるだろう。
おかず作りの担い手は、結局、栄養管理だけを考えているのではなく、
どこかで心を届けたいと思っているのだ。
松永さんは、かわいらしい食卓というのはその人の愛情の現れだという。
きちんと丁寧に作る生活に根差した京のおばんざいのお話を通して、今
を生きる私たちに必要なのは、人を思う「真心」という、とてもシンプ
ルで大切な教えをいただいた気がする。
【ぶぶ茶漬け】ご飯を小さく丸めて、ぶぶあられをまぶした京風のかわいらしいお茶づけ。
季節の香の物を添えて
- [2011/03/29 09:12]
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File 2.
手染メ屋
2002年にオープンした草木染めやさん
代表的な商品は、オーガニックTシャツ(メンズ、レディス、子ども)
http://www.tezomeya.com/
<お話を伺った方 店主 青木正明さん>
手染メ屋さんとの出会いは、5年ほど前。
当時とても気に入っていた白いブラウスの染め直しをしたく、
インターネットで「染め直し」屋さんを探したとき。
汗じみやが気になる旨を伝えて、それが目立たない色、メンテナンス
が簡単なこと等をメールで親身にのってもらったことを覚えている。
ブラウスは郵送し、数週間たってお薦めの芥子色に化粧直しされて戻
ってきた。それは、リユースという域を超えて生まれ変わった洋服を
纏う喜びで、以来、毎年毎年、文字通り着たおした。
実際に京都のお店へ赴くことはなかったけれど、いつもメルマガを
読ませ読ませてもらって、いつか機会があれば行ってみたいな〜と
思っていた。
そんな気になる「手染メ屋」さんに会いに、今回は、京の町屋の面影
が残る京都御所の南にあるショップ兼アトリエを訪ねた。
●偶然に導かれてスタート
「草木染めを見た時の印象は『生地と色がかわいい!』
でした。大好きな古着の感じに似ていて驚きました」
店主の青木さんは1966年生まれ。
東京で育ち大学を出て、京都の大手アパレル企業に就職。MDを担当する
中で、社内のエコロジカルブランド立ち上げプロジェクトに参画、その商品
企画アイディアの一環として「草木染」に出会ったとのこと。
お目にかかるまでは、「もしや、ご実家が代々の染め物やさん?」
「京都の風土と染め物の関係は?」などなど、全く知識のない私が質問
しても大丈夫かしら?と不安になっていた。
が、ご本人曰く、
「特に自然志向でもなかったし、オーガニックとかに興味もなかった
んです。京都も偶然本社採用で、住めば都だったたから・・・」とのこと。
そんな青木さんだが、草木染の研究所で出会った「色」が、まさに人生
を決める?!「運命の出会い」となった。
もともと、DCブランドなどはあまり好きでなく、古着が好きだった青木
さんにとって、初めて触れた草木染の印象は「古着の感じに似てる!生
地と色がかわいい!!」だ。
おじいちゃんおばあちゃんが愛用する伝統の草木染めではなく、自分が
好きなテイストを追求したい気持ちがふくらんで「手染メ屋」が産声を
あげた。
●自分たちの着たいものを作る
「敢えていうならば、こだわりは『自分の好き嫌いが
判断基準』ということでしょうか」
「“こだわり”ということばは好きではない」というのが青木さんの持論。
ただ、敢えていうならば、「自分の好き嫌いが判断基準」とのこと。
今世の中には、差別化を意識するあまり、要素・技術が目的化した「こだ
わり」合戦が繰り広げられているが、青木さんは、モノづくりにおいて
そういうことを声高に叫ぶことに疑問を呈する。
物事の判断基準で大切にすべきは、「おいしい!」「かっこいい!」
「かわいい!」でいいのだ、と。
取材当時も、お客様に、「色もサイズも僕と妻が着て心地いいと思う
ものを作ってます」とさらりと語っていたのが印象的だった。
確かに、そのとおり。人の心を動かすのは、チマッこい枝葉ではなく、
もっとおおらからで根源的なエモーションであるはずだから。
●色の探求こそが進化
「古代色の復元。それがマイブームです。
探求することが、日々の染めの精度を高めることに
つながります」
草木染めの良さを最大限に感じてもらえるアイテムとして、オーガニッ
クのTシャツを中心に、お店には色とりどりのTシャツが並ぶ。

実は、私が初めて染め直しを頼んだ時も、色の選択肢の多さに驚いた。
なぜなら、オーガニックタオルなんかで草木染めというと茶、緑、黄土
色・・とほんわか地味色な印象が強かったから。
でも手染メ屋のお店やサイトには、鴇(とき)色、黄蘗(きはだ)色、
蒲萄(えびぞめ)色、灰桜色(はいざくら)色、etc.これまで聞いた
ことのない名前の色、豊かな色がずらりと並ぶ。現在、なんと12色の
オーガニックTシャツが定番で展開されている。
そして、多彩な色を生み出す草木染における進化とは?と尋ねると、
「古代色の復元」との答えが返ってきた。
歴史上、草木染めの技術的ピークは平安時代だったそう。
当時の天皇や高僧、貴族が身に着けていた深く鮮やかな色とりどりの
着物を博物館などで見る機会があるが、その染料はもちろん天然の草
木たち。
1000年以上も昔に人々が使った原料や染めの工程、それを支えた伝統技
術を思うと、感慨深いものがある。
青木さんは、当時の色を見ると、血沸き肉踊ると同時に毎度打ちひしが
れるという。だからこそ、平安時代の人たちの染め物から醸し出される
オーラが感じられるような、色や生地を作り上げることを追求したいとも。
そんな思いがあって、デイリーな染め作業の合間をぬって、染め界の
重鎮の先生が残した古代色のレシピ本をひも解くのが、マイブームだ
そうだ。
ただし、古代色を復元したからといってすぐにTシャツに新色が加わる
わけではない。古代色の探求は、クルマで言うところのF1に通じ、
その研究を重ねることで自然と技術が練磨され、日々の染めの作業の
質や精度を高めることにつながるのとのこと。
まったくもって草木染めは奥が深い。

染め界の重鎮 上村六郎氏の本。古代色のレシピなどが
漢文形式で書かれており、解読はとても難しそう
■現代生活の中に欠けがちな色を担う
「今の生活は、原色が溢れています。そんな中で、
草木染めは、自然界にある『フクザツな色』を
偶然担っているだけなんです」
青木さんは草木染めで生まれる自然の色を、『フクザツでやさしい色』
という。
「今、私たちの身の回りには、合成染料の発達によって原色や鮮明な色
が溢れています。でも、色がなかった昔の人は、今とは逆に、草木染め
で原色を再現しようとしていたんですよ」という指摘にハッとした。
確かに、言われてみると、椅子、器、ステーショナリー、テキスタイル
etc.私の身の回りにも鮮やかな色が氾濫している。
原色が溢れる現代生活だからこそ、『フクザツでやさしい色』を
みるとホッとできるんだな・・・と、妙に納得。
旅をしたり、展覧会などへ行くとつくづく思うが、日本ならずともア
ジアというエリアは、色と風土、文化、そこに暮らす人々の美意識に
強いつながりがある。それをアジアンビューティという人もいるほど
だ。草木染めが奏でる自然色を、古代から続く魂が求めてやまないの
かもしれない。
古今東西、無限の可能性がある『フクザツでやさしい色』の世界を
もっとのぞいてみたい気がしてきた。

古代色の見本貼。奈良時代、平安時代は鮮やかな原色ほど、身分の高さを
現わしていた
●人の手を見せる
「ショップは、モノづくりの現場が見える、まさに“働く
オジサン” みたいなもの」
手染メ屋のショップ兼アトリエは、お客様とのコミュニケーション
が生まれる、まさに「働くオジサン」の現場とのこと。
世の中では、「トレーサビリティ」と言ったりもするが(堅い響き
・・・)、プロダクトの生業やストーリーを、作業場で、作り手から直
に知ることができるというわけだ。
取材当日も、お客様が購入されるたびに、中性洗剤でのお手入れ法を
薦めたり、時には、お客様の使っている洗剤de知らないものに出くわし、
お店の奥でインターネットを検索してアドバイスを出すシーンも。
作り手から直接手渡しされるモノって、凝った説明書が一枚入っている
よりも、ダンゼン愛着が湧く。通販で簡単にモノが手に入る今の時代、
買い物している最中から、大事に長く楽しみながらそのモノと付き合う
自分を想像できるようなシチュエーションは、果たしてどれほど残され
ているだろうか・・・・・?
実は、今回私は、アトリエで藍染のワークショップを体験しながらの
取材だった。ふだんよく行く、ナチュラル系のショップで、包装代わ
りに服を入れてくれる生成りの手提げカバンを持参。
それにタコ糸で絞り柄を入れて染めるという作業をした。
藍の液は発酵させてつくるいわばヌカのようなもの。藍部屋なる所で、
その独特の匂いを嗅ぎながら、「浸染⇒空気に晒す」を繰り返すほど
に藍が深くなるのを目の当たりに。もちろん、できあがった私だけの
手提げは、かわいくて愛着もひとしおだ。

当日ワークショップで染めてリユースしたmy手提げ。
右は藍部屋にある藍の発酵液。
■「草木染め」でニッチマーケットを確立したい
「草木染めなど知らない人から、『このTシャツの色、かわいい
ですね〜』って言ってもらえるのが一番うれしいです」
取材当日、実にたくさんのお客様が来店された。
粋な着物姿の男性、大阪から仲間と連れ立った女性グループ、30代と
思しきカップルetc.。
どうやら、ここのお店には、店主自身が好きなファッション(例えば
ジャーナルスタンダードとか45rpmなど)と同じ志向のお客さまが多い
ようだ。そんなファッションの一つに、手染メ屋のTシャツが、お気
に入りとしてさりげなく混じっているのは至極自然な気がする。
青木さんは、今、草木染めの継続発展のために、きちんとニッチマー
ケットを作りたいと思っている。
「始めた頃は家族が食べていけるといいと思っていましたが、今は明ら
かに変わってきました。今は、『手染メ屋系』とでもいうか、自分の
分身を文化として残したい気持ちなんです」
現在の科学技術をもってすれば、どんな色でも再現することは可能。
でも、コストと手間ヒマを考えると、やはり「手染めでこそ出すべき色」
がある。
そんなクラフトワークに丁度良い規模感が、「知る人ぞ知る丁度いいジャ
ンル」すなわち、青木さんが言うところのニッチというマーケットサイズ
になる。
今は、人との差別化ではなく、自分の心地よさゆえにハンドメイドやクラ
フト系のプロダクツを求める人が増えている。手染メ屋のTシャツは、ま
さにそんな微妙なニュアンスを楽しめる人たちに、これから益々支持され
ていくような気がする。

櫨蝋(はぜろう:櫨の実が高級な和蝋燭の原料になる)の原料であるウルシ科の櫨の木の
チップを煮出して作ったスープ(染汁)。入手困難な中、福岡の業者さんから買いつけている

町家ならではの奥行きある屋根の上は柿渋染めの「干し場」。
屋根もまたアトリエの一部
- [2010/10/16 08:46]
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File 1.
うね乃
創業明治36年の京都のおだし屋さん
出汁削り、だしパック、液体だし、贈答品など様々な商品を展開
代表的な商品は、「おだしのパックじん」「だし屋のしろだし」など
http://www.odashi.com/
<お話をうかがった方:采野佳子さん>
私がうね乃のおだしに出会ってから、実はさほど時間は経っていない。
でも、その出会いは一目惚れならぬ、一味惚れで、いまや欠かせない
食のパートナーとなっている。
思い起こせば、大学生で独り暮らしをする時、母が万能だしの作り方を
教えてくれた。
昆布、削り節、醤油、干し椎茸、みりんなどをお鍋で煮て冷まして瓶詰
めして冷蔵庫に入れておく、ただそれだけのこと。記憶の彼方ではある
が、何かにつけ重宝していた。
月日は流れ、いつの頃からか自家製が面倒になってからは、市販の八
方だしを使ったり、最近までは自然食品店オリジナルのだしつゆをなん
となく使っていた。
ただ、どれも無添加でそこそこ高いものだが、どうしてこんな甘いの?
というものばかり。
そして、しばしだしへの探求を諦めていたところへ出会ったのが、うね
乃の『京のだし』。
口にした瞬間、遠い記憶が呼び戻された感じだった。
上質なおだしがしっかりきいているから、なーんにも手間をかけていな
いのにちょっとした一品がワンランク上の味になる。薄めずにそのまま
ポンと食卓に出して「好きなだけかけていいよ〜」と言える。
さらに、地味な裏方的食材なのにパッケージがかわいくて、洗練されて
いるとこともお気に入りポイントである。
ということで、何やらご縁を感じて、京都東寺で100年余の歴史を持つ
老舗のおだし屋さん『うね乃』を訪ねて、女将の采野さんにお話をうか
がった。
■守り続けるモノづくりへの姿勢
「モノづくりに関しては、むしろ原点回帰しています。
京の老舗にとっては守ることも勇気なのです」
高度成長期、世が合成化学調味料全盛の時代には存続の危機に瀕したり、
10数年前まではおだし以外の商品への展開や卸業にまで手を広げたこと
もあったが、結局はおだし一本で勝負することに。
今、全国津津浦浦探しても、おだし一本でやっているお店(ブランド)は
うね乃くらいではないか、とのこと。
このおだしを使ったお料理の第一印象は、‘しっかり上品’なのだが、そ
の秘密は、だしひと筋、奥の深〜いこだわりの伝統製法にあった。
うね乃の工場は、お話をうかがったお店からわずか3軒先。
入り口からふわーっと鰹節の香りが立ち込める。失礼ながら事務所とい
った佇まいの急な細い階段を上がると、奥の部屋には、初めて目にする年
季の入った重厚な鋳物の削り機が数台。この削り機こそが、うね乃のおだ
しの旨みの秘密兵器だった。
現在、ほとんどの大手だしメーカーが、セラミック刃の削り機での大量生
産に切り替える中、うね乃では、創業当初からの手作り鉋(カンナ)を使
って、微妙な削り具合の調整を全て人間が施す。
なんと、作りたい削り節の厚みに応じて、一機12枚の鉋(カンナ)全てを
手で付け替えてコンコンと金槌でたたいて均一に微調整していく。
一枚でも狂うと厚みがバラバラになるわけだが、その感覚は先輩から受け
継いで身体で覚えるという。まさに伝統の職人技を踏襲している。

では、伝統の削り節機v.s.現代の削り節機。はたして何が違うのか?
それは、両者の鰹節の表面の顕微鏡写真を見ると一目瞭然。
鉋(カンナ)で削られた削り節の表面は引っかき傷が多くて凸凹がたくさん。
対してセラミックの刃で削られたものはつるんとして無傷な感じ。当然のこ
と、表面積が多くなる鉋(カンナ)のほうが旨みがじわ〜っと染み出ておいし
いというわけだ。

昔ながらの鉋刃の削り機。 近代的なセラミック刃の削り機
重厚な鋳物

看板商品 おだしのパックじん
市販のパックだしの多くは、削り節生産過程で出る削りかすを使うが、
うね乃ではわざわざ3つの機械工程を経て徐々に適したサイズに粉砕していく
さらに、納得を深めたのが、おだしの生命線であるかつおへのこだわり。
かつお漁の中でも、特に一本釣りを行う鹿児島の山川の業者さんと協力
して、上質なかつおだけを選別して使っている。
巻き網漁で大量収穫されたかつおは獲った矢先から損傷していることも多
い上に、ぎゅうぎゅうの満員電車状態での冷凍となる(人間でいうと疲れ
て乳酸がたまった状態だとか)。
対して、うね乃の原料は、一本釣りされたかつお。一本一本ピチピチの新
鮮な状態で急速冷凍され、さらに骨抜き、天日干し、カビつけまで全て手
作業にこだわったもの。できたなまり節の中央にぎゅっと旨みが凝縮され
るので、削り機にかける直前に一旦蒸して、その絶妙な旨みを再生させる。
とにかく素材と製造工程に時間をかけて、まさに手塩にかけてうまれるお
だしというわけだ。モノづくりの原点回帰と踏襲、それが変わらぬ旨さの
秘訣だった。
■親しみやすさへのチャレンジ
「近所のスーパーの買い物の帰り道に寄って
もらえるような、親しみのあるパッケージに変えました」
私もお気に入りのパッケージ。味はもちろんのことテーブルにそのまま出
せる、キッチンに置いてもおしゃれなところが、他のおだしにはない魅力の
一つだと思っている。
だが、女将さんいわく、以前のパッケージはもっとハレ用の顔をしていて、
敷居の高かった店構えも手伝って、セレブがわざわざ買い付けに来るおだ
しだったとか。
時代に則した商品の試行錯誤を行う傍ら、もっと日常的に使ってほしい、
そのためにはどうすればよいか?を考え、女将自身がデザイン変更を手が
けた結果、今日に至っている。
たとえば、冷蔵庫にそのまま立てて置ける高さにこだわったかつお節の
パッケージ。
角で手を切らないよう丸くカットした袋の端、店頭での遮光性を考慮した
上部のマットな一色塗り。
パッケージに無駄なお金をかけないよう、コストを抑えながらも、女性な
らではの細かい配慮が息づいて、使いやすさと同時に親しみやすさもぐっ
と増した。
そして、現代のライフスタイルへの適合を行いつつも、商品名には一つ一
つ書家の筆文字を配する。
この伝統と現代、和と洋の絶妙なデザインのバランスが、上質でありながら
も、私たちの日常にすんなり溶け込む良い塩梅となっている。
実際、由緒正しき皇室御用達風なパッケージだったら、私自身、このブラン
ドにはご縁がなかったかもしれないなぁと改めて思う。

様々な種類の削り節
淡いピンクや水色はふんわりやさしい気持ちになるから、ちょっとしたプレゼントにもピッタリ
■おだしで「食べる」楽しさを再発見
「家庭での食べることの楽しさを再認識すること。
それが、現代の生活美と言えるのではないでしょうか」
お客様からは、
「うね乃のおだしを使うようになって、主人や子どもに料理を褒められる
ようになりました」
「小食で困っていた子どもが、うね乃のおだしで作ったお味噌汁にしてから、
最後まで残さず飲むようになりました」
といったうれしいお言葉を頂戴することが多くなったそうだ。
うね乃のおだしを使うと自分が「料理上手に思えてくる」ということらしい
(手間はそれほどかけずに、ほんのちょっとお金をかけるだけで!)。
女将さんいわく、
「食べることが動作で終わっていた時期があったと思います。でもそうじゃ
なくて、おいしいお料理を作れば器を考えたり彩りを考えたりしますよね。
家庭での食卓が華やかできれいになっていく、食べることの楽しさこそが、
生活美だと思うのです」
また、フィジカルな側面では、「お出汁を飲んで美人になろう!」とも。
お出汁に含まれるアルギニンは滋養や美肌効果も抜群だそうで、実際にうね
乃の愛好家には、著名な美容家やモデル、アスリートの方々が多い。
ある現役選手は、食欲のない日の朝食には、梅干しを入れたうね乃のお出汁
を飲んで体調管理をするというエピソードもうかがった。
(確かに、自分好みのだしパックと梅干などのトッピングが選べるインスタ
ントだしのスタンドバーなんかがエキナカにあるといいかもしれない)
■身体が覚えて継承したくなる
「うちは母娘でのお客様が多いです。みなさん、一度
使うと飽きずに長く使ってくださいます」
伝統と革新を模索し続けてきた結果、現在、確実にお客さまの層が広がり
を見せており、
「20代主婦や、近所の小児科帰りにベビーカーを押したママ友たちもお店
に立ち寄ってくださいます」とのこと。
そして、うね乃のお客様の特徴としては、母から娘への伝承が多いという
ことだ。世帯消費支出がシビアになる中、母娘消費ほど手堅いものはない
だろう。
思うに、おいしいおだしって、頭で考えるというよりも、一度知ってしま
うと体が呼び覚まされるから、他には戻れない、代替が効かない存在にな
ってしまう。
数百円高くても、自分の生活のこだわり部分にはきちんと投資を、という
納得消費の高まりや、働く女性が増えて結婚後も母親世帯との隣居や近居
が増えていることからも、今後も母娘共用、そして2代3代と続く確かなリ
ピーターが育つのではないだろうか。
■モダンビューティなおだし
お話をうかがう中で、次のような女将さんの言葉が印象的だった。
「これまでも自然食やオーガニックブームは何度かありましたが、いずれ
も食材どまりでした。おだしまで注目されているのは初めてで、時代の流
れを感じます」
また、私が実際におだしを買っているDEAN & DELUCAのブランドブックには、
彼らのお気に入りの食材として洋食材の中に唯一うね乃のおだしが取り上げら
れている。実際に厨房でも使われているということだ。
そうやって考えると、食べるという場面において、声高に叫んだり、表面
を飾りたてるのではなく(こちらは西洋的発想)、脇役であるおだしにちょ
っとこだわって気負わずに食を楽しむ。
そんな、単なる和回帰を超えた心意気もまたモダンビューティで、そんな
世界が今私たちの周りで芽生え、広がりつつあるのかもしれない。
今回の取材を終えて、愛おしさも倍増したうね乃のおだし。
これからは、ちょっとしたプレゼントや手土産におだし・・・なんていう粋な
計らいも楽しみながら、息長くお付き合いしていきたいと思う。

- [2010/09/01 08:29]
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